市民の手による保護

廃城令の流れから救った


松本城天守は明治5年1月競売に付され235両余(現在の米価で400 万円くらい)で落札されたが、松本の商人市川量造を中心として天守を 使って博覧会を明治6年から9年までに5回開き、その収益金と有志の 寄付金によって天守を買い戻しこれを存置した。














明治30年代になると天守の傾きが目立ち始めた。 当時松本中学校は二の丸に校舎を構え、現本丸庭園は松本中学校の校庭であった。 小林有也校長は明治34年、松本城天守閣保存会を作り県内外から2万円の寄付を集め明治36 年より大正2年までかけて明治の大修理を行った。 この修理によって昭和5年には松本城は国史 跡になり、昭和11年国宝に指定された。


太平洋戦争中手入れが行き届かず松本城天守の損傷がめだってきた昭和22年、G・H・Qの美術 顧問E・F・ギャラガー氏が松本城を視察し天守修理の勧告を文部省に行った。 これを受けて市民 は松本城風致地区委員会を組織し松本城の保存計画を立て松本城の解体復元工事を要望し、昭 和25年から30年にかけて昭和の大修理が行われた。 以来大きな修理もなく現在に至っている。




コーヒーブレイク



明治のベストセラー、坪内逍遥の「当世書生気質」に、婚約者を大学へ出すために芸者になる士族の娘のはなしが 出てまいります。 あれ、ちゃんとモデルがあったんですってね。 青年は、大学を出て、農商務省につとめ、婚約者と結婚し、やがて教師になって、松本へやってまいります。 お城 の見える丸の内(現在のテレビ信州本社の南裏)に質素な家を借りて、男の赤ちゃんも生まれて。 これが、小林有也先生。 二十九年間、松本中学の校長をつとめただけでなく、傾いて、荒れて、こうもりの巣となっ ていた天守閣に心をいため、明治三十五年に天守閣保存会をつくり、こつこつ、みんなを説得して資金を集め、工事 が終わったのが、大正三年。 亡くなられたのが、翌四年。 いのちがけでやられたんだと思いますね。 ほんとに。 忘れもしませんが、その四年の夏、お城の松の大木が、いちどに何十本も枯れたんです。 ああ、松も、先生のおと もをしたのかなあ、なんて。 先生は、おくにこそちがえ、やはり小藩の武士の出だったんですね。 ですから、お城の荒れる姿をご覧になるの が、おつらかったんじゃないでしょうか。                                         松本城物語

関連項目:明治の大修理



廃城令


全国城郭存廃ノ処分並兵営地等撰定方 全国城郭存廃ノ処分並兵営地等撰定方(ぜんこくじょうかくそんぱいのしょぶんならびにへいえいちとうせんていか た)は1873年(明治6年)1月14日に明治政府において太政官から陸軍省に発せられた太政官達「全国ノ城廓陣 屋等存廃ヲ定メ存置ノ地所建物木石等陸軍省ニ管轄セシム」の件および同じく大蔵省に発せられた太政官達「全国 ノ城廓陣屋等存廃ヲ定メ廃止ノ地所建物木石等大蔵省ニ処分セシム」の件の総称。 陸軍が軍用として使用する城郭 陣屋と、大蔵省に引渡し売却用財産として処分する城郭陣屋に区分された。 単に「廃城令」、「城郭取壊令」または 「存城廃城令」と略されて使用されている場合が多い。 「存城」「廃城」の意味 太政官から達として陸軍省および大蔵省に発せられた文書で、今まで全国の城郭の土地建物については、陸軍省 所管財産であったが、今後陸軍が軍用の財産として残す部分については存城処分、すなわち引き続き陸軍省所管 の行政財産とするも、それ以外については廃城処分、すなわち大蔵省所管の普通財産に所管換えし、大蔵省にお いて処分すべきものとした。 この場合の存城処分=陸軍省行政財産とは旧城郭陣屋を、現在の概念である「文化財」として土地や建造物を保存 しようとするものではなく、陸軍の兵営地等として旧来の城郭建造物、石垣、樹木等を整理すべしとしたものである。 その後、陸軍の兵営地とする目的で城郭建造物がすべて取り壊された若松城の例がある一方、一部の建造物が取 り壊され、陸軍施設が設置されたが、天守等の主要な建造物やほとんどの遺構が現存し、国宝、特別史跡になって いる姫路城の例がある。 例外的に、存城処分として陸軍用地となった城郭であっても、彦根城のように、明治政府の 特例政策[1]として城郭の土地と建造物が保存され、国宝、特別史跡となっているものもある。 また、廃城処分とは大蔵省の普通財産に所管換えし、地方団代や学校敷地等として売却するための用地となったも のである。 全国のほとんどの城郭陣屋の建造物が取り壊され、土地は払下げられた。 ただし、犬山城や松本城のよ うに、建造物が売却、取壊しの対象になったが、それぞれの理由により現存し、国宝、史跡になっているものもある。 ウィキペディアより

ボランティアによる床磨き


現在、月2回ボランティアによる床磨き、松本古城会による清掃などの活動、日本語、外国語の案内ボランティアの活動、 小中学生の床磨きなど今も市民の善意によって城は守られている。


松本市主催で松本市のシンボルであり、貴重な文化財「国宝松本城」を守り未来へ伝えるため、床磨きと歴史のお 話し会を行っています。

◆ 毎年12回程度 床磨き 30分 松本城の歴史等のお話し会 30分