文化財としての天守種類

文化財としての天守種類 ウィキペディアよりの抜粋

現存天守

昭和20年(1945年)頃までは20城の天守が存在し、戦前・終戦直後までは国宝保存法で国宝などの文化財 に指定され現存天守と呼ばれていた。 このうち太平洋戦争の戦災によって7城(水戸城・大垣城・名古屋城・和 歌山城・岡山城・福山城・広島城)が焼失し、戦後の失火によって松前城が焼失した。 このため現在、文化財と して見ることができるのは主に12城のもののみであり、これら12か所に残る天守を総称して現存12天守とい う。 いずれも文化財保護法に基づいて国宝か重要文化財に指定され保存されている古建築である。 このうち 国宝に指定されている松本城、犬山城、彦根城、姫路城の四つの天守は「国宝四城」と呼ばれる(国宝城郭都 市観光協議会による名称)。 また国の重要文化財に指定されている八つの天守は「重文八城」と呼ばれること がある。 これらは一般的に近現代に再建された天守とを比較して「本物の城(天守)」と言われる。 その維持・保存に は、文化庁の指導のもと釘一本に至るまで伝統的な城郭建築の技法を求められるため、多額の経費が必要 である。 なお、ちょうど 12城あるため、カレンダーの背景に使われることもある。

復元天守(復原天守)

火事・天災・破却・戦災で消失した天守を、少なくとも外観は以前の通りに復元したものをいう。 第二次大戦で 損失した天守が主である。 さらに、木造復元天守と外観復元天守に分けられる。 文化庁の示す「復元」とは、 木造復元のみを指す。 1. 木造復元天守 現存した当時の図面・文書記録・遺構などを元に当時使われていた材料(木材の種類)・構法・工法[3]に よって忠実に原状に復したものを指す。 天守として完全に復元されたものは、現時点では大洲城天守が あり、また天守に準ずるものとして首里城正殿がある。 2. 外観復元天守 鉄骨鉄筋コンクリート構造などを用いて、外観だけを往時のように再現したものを指す。 この種の天守の 最初のものは名古屋城(愛知県名古屋市 1957年築)である。 文化庁の定める城郭史跡における当時 の建造物復元に関し、基準・審査が厳しくなっていったこともあり、近代の材料・工法による外観復元天守 も厳密には復興天守に入ることになる。 外観復元とは言うが、細部では建築基準法に則した結果としてど うしても窓の規模・場所・形状が異なったり、屋根の反り具合が異なる場合がある。 名古屋城など

復興天守

かつて存在したことは確かであるが、その後、火事・天災・破却・戦災で消失した天守を元の場所に、あえて史 実に基づかなかったり、史料不足により規模や意匠に推定の部分があるものをいう。 大阪城など

模擬天守

城は実在したが、元々天守のなかった城や、天守が存在したか不明な城に建てられた天守のことである。 「復 興模擬天守」と呼ばれることもある。 また、天守が存在したことは確実でも、史実に基づかないもので異なる場 所に建てられた場合にもこの部類に入る。 富山城など