耳寄りなお話(Tantalizing Tidbit) 22 「鉄砲玉の鋳造と女性の仕事」

 「美しい女性たちがクッキーを焼いています」と鉄砲玉づくりの絵の前で説明します。勿論真っ赤な嘘です。「嘘だろう?」とニヤッとする男性観光客。「えっ、本当?」と半信半疑の女性観光客。このリアクションを見るのが楽しくて、つい毎回嘘をついています。ある男性会員がこのような説明をしていたのを目にした時、その場の雰囲気がふわっと和らいだのを見て毎回パクらせて頂いています(ありがとうございます)。時には真っ赤な嘘もガイドのスパイスの一つ。でもきちっとしたフォローはお忘れなきように。

 鉄砲玉の鋳造は籠城中の女性たちの仕事でした。高い技術を必要としなかったからだそうです。当時の鉄砲玉は鉛玉で、鉛はそんなに熱い温度でなくても溶けるのでそれを鍋に入れ、下から焚くと容易に溶けます。それを鋳型に入れて冷ませば鉄砲玉の出来上がりです。絵に描かれている通り女性たちだけで簡単に鋳造できるプロセスだったのです。

 女性たちの仕事はそれだけではなかった、と著書「城と女と武将たち」に小和田哲男氏は書いています。

 父親、夫、兄弟たちが戦場で討ちとった敵の首についた泥や血を洗ってきれいにし、髪をとかし、白粉などを使って化粧を施すのも女性たちの仕事だったそうです。その後その首には名札を付けて誰の首か、誰が打ち取ったのか、が明確となるように記すのですが、その作業もまた女性たちの役目でした。さらに、天守に集められたずらっと並んだ白歯の首に「お歯黒」を塗るのも女性たちの仕事だったとか。驚くのは、「その首どもの血くさき中で寝たことでおじゃった」と「おあむ物語注」に書かれていることです。想像するだけで鳥肌が立つような作業ですが、時代とは言え、当時の城中の女性たちの肝の据わり様には驚きを越して「あっぱれ!」と称賛さえ覚えます。この説明をすると大方の女性観光客は一様に、「ああ、そのような時代に生まれないでよかった!」と言ってため息をつくのです。それにしても時代は女性の強さ、弱さまでも培うのですね。

 武具の手入れもまた城中の女性たちの仕事でした。鎧師、甲冑師はいたものの、女性は戦いで破れた甲冑の直しを手伝ったそうで、例えば、甲冑の札(さね)という鉄片と鉄片をつなぎ合わせている革などが擦り切れているのを直したり、またよく破れる旗などの破れも針を使って直したりしていたそうです。

 さて、武士に「お歯黒?」と思う方が多いかもしれません。お公家さんがしていると思われがちなこのお歯黒は、当時身分の高い証拠として武士もつけていたそうで、今川義元はお歯黒をつけていたそうです。だからと言ってなよなよしていて戦国武将として落第だというのは間違いで、当時は今川義元クラスになると当然お歯黒をつけていたのだそうです。雑兵はお歯黒をしていませんでしたから、仮に雑兵の首をとってきても、それを身分の高い侍大将クラスの首だと見せるためにお歯黒を施すことが必要だったのです。身分の高い武将の首となれば自分の手柄となり、武功に応じた報償を得ることができたからなのだそうです。

注:「おあむ物語」は石田光成の家臣の山田去暦(きよれき)の娘のおあむ様が籠城中の自分の籠城体験を、おばあさんになってから、孫たち(多分)に話したのを書き残し、それが現在に伝わっている物語です。

 次回は武士の化粧や日本での化粧の歴史などについて少し書いてみる予定です。